1月9日。旅行の最終日もきっちり6時に起きる。もはや老境に片足を突っ込んでいる気がする。朝食はどこぞのパン屋で購入したレーズンのパン。今日もキッチンには誰もいない。
時刻は9時。屋上に干していた洗濯物を取り込み、荷物をまとめて宿を出る。最終日は鹿児島の先っちょにある指宿を目指す。
鹿児島中央駅から観光列車「指宿のたまて箱」に乗車し、陽の光がきらきらと光る水面を眺めながら、海沿いを指宿まで南下する。指宿駅に到着すると、玉手箱をイメージしたスチームがドアの上から降りそそぐという、顔が濡れてややイラッとくる演出が心憎い。
この日は三連休の最終日ということもあり、指宿のゆるキャラ、あの「たまらん3兄弟」がホームでお出迎え。仕事熱心な3兄弟は、観光客が無関心に通りすぎようにも「死守!」と言わんばかりにホームの幅を占領し、スクリーンアウトを怠らない。
なんとか3兄弟をスルーして外へ。
指宿駅前商店街のさびれっぷりにむしろ清々しさを感じながら、早めの昼飯をいただく。「味処喜作」のかつお丼。甘くておいしい。
店を出て、指宿で有名な「砂蒸し温泉」を体験すべく、砂むし会館「砂楽」を目指して、15分くらいの道のりを歩く。道路沿いには色あせた水商売の看板が多く、社員旅行なんかで賑わった在りし日が偲ばれる。
程なくして「砂楽」に到着。2階のフロントで砂むし温泉に入る旨を伝えると、浴衣を渡される。そして更衣室で浴衣に着替えるのだが、この浴衣のまま砂に埋もれるので下着はつけない。頭に敷くタオルだけを持って、寒空の下浴衣一丁で外へ。海からの風にあおられて浴衣の裾がはだけると、逮捕されるリスクがあるので注意したい。
外に出て海岸を見やると、砂浜からもうもうと湯気が出ている。海岸に降りて、砂浜の上に屋根を渡した小屋へ。そこでは砂に埋もれて顔だけ出している人々が大量に横たわる不思議な空間が広がっていた。
スコップを持ったおばちゃんに誘われるがままに奥まで進み、あらかじめくぼみが掘られていた場所に仰向けで寝そべる。背中がほんのり暖かい。
「はい、もうちょっと上ね。」
おばちゃんが位置を微調整し、いよいよスコップ一閃、躊躇なく次々と砂を僕の体にかけていく。
「これはまさに砂かけばばぁ…」
などと思っているうちに、あっという間に砂に埋れる僕の体。
「砂重くないですかぁ?」
そんなおばちゃんの問いかけには大丈夫と答えたものの、埋められたことがないので、この重さが通常なのか判断しかねたのが正直なところだ。ちなみに重い時は自分で体を動かして砂を落とすらしい。
砂で熱がこもるだけでなく、重みで体が押し付けられるため、寝そべっただけの状態よりもかなり熱く感じられる。少し体を動かして砂の量を調整し、ベストコンディションに仕上げる。
10分ほど寝そべっていると、じっとりと汗が滲んでくる。目安は10分ほどらしい。せっかくなのでもう5分ほど蒸らされてから、地表に出る。おばちゃんは埋める専門なので、出るときは自力だ。
砂から上がると、汗で湿った体に冷たい風が気持ちいい。土葬から復活した雰囲気も相まって、まさに生き返ったような感じがした。
砂浜を出たあとは、浴衣を脱いでシャワーで砂を落としてから、建物内の温泉にゆっくりと浸かる。
温泉を出てロビーに行くと、ビールケースのようなかごが積み上げてあり、「ご自由にお取りください」との張り紙がしてある。
近づいてみると、かごの中には紙袋があり、その中には蒸かしたさつまいもが入っていた。薩摩の名に恥じない、さつまいも食べ放題。海岸に出て美味しくいただく。ちなみに僕は皮ごと食べる派。
砂楽を出たあとは、街にそぐわぬバブルの香りが漂う薩摩伝承館に寄って、薩摩ボタンの値段に目をボタンより丸くしてから、再び指宿駅へ。そら豆アイスを食べながら帰りの電車を待つ。
再び「指宿のたまて箱」で鹿児島中央駅へ戻り、この旅行最後の晩餐をいただく。黒豚を食べたかったので、寿庵へ。黒豚を多く使った御膳をいただく。美味しいし品数が多いので大変満足した。
食後のデザートは、天文館むじゃきの白熊再び。昨日と変わらぬ美味しさと寒さが体にしみる。
バスターミナルから最終のシャトルバスに乗り、鹿児島空港へ。
さらば、鹿児島。また会う日まで。
おしまい。