カッパドキアの朝が来た。6時に起きて、シャワーを浴びてひげを剃る。荷物をある程度まとめて、日記を書くためにテラスへ上がる。
空を見上げて驚いた。幾つもの気球が空に浮かんでいる。
土色の地面に青い空。色とりどりの気球。嗚呼美しきかな。夢中で写真を撮り、テラスのソファに座る。
30分ほどで気球も姿を消し、ホテルの従業員も起きてきた。チャイを一杯もらってから支払いを済ませ、久しぶりにインターネットをする。
指定の8時半からオトガルで待機し、ネヴシェヒルへのシャトルバスが到着したのが9時。概ね+30~40分くらいがトルコ時間らしい。
バスを待つ間にフラフラと近づいてきた角刈りの男に唐突に韓国語で話しかけられる。訳がわからなかったが、英語で話してみると、彼もサフランボルに行くらしい。
サフランボルの直行便はないため、とりあえず首都のアンカラへ行き、そこで乗り換えになる。アンカラ行きのバスが10時ごろに到着。指定の席に座ると、隣はさっきの韓国人だった。
「日本のどっから来たの?」
「千葉。東京の隣。」
「おー、千葉ロッテ。キム・テギュン!」
「あぁー、そうそう。野球好きなの?」
「いや、別に。君は?」
「僕も別に。」
「……。」
「……。」
トルコの長距離バスでは、乗車後に係の人がそれぞれの乗客に行先を聞いてまわる。隣の彼(以下、テギュン)が先に聞かれ、「アンカラ」と答える。次いで僕も答える準備をしていたが、僕には聞かずに係りの人は行ってしまった。肩透かしをくったけれど、トルコのバスで極東人が二人並んでいたら「連れ」だと思うのも無理はない。
途中で立ち寄った休憩所の道路を挟んだ向かい側に、白い湖があるのを発見。たぶんトゥズ湖だろうと思い、ズームで写真を撮る。置いていかれるのが怖くて向こう側に行く勇気はなかった。ちなみに「トゥズ」はトルコ語で「塩」。よってトゥズ湖は塩湖。
アンカラのオトガルに到着したのは14時。流石に首都の貫禄ある巨大なバスターミナル。
サフランボルに行くバスの乗車場所をメトロのスタッフに聞く。英語が通じなかったので書いてもらったけれど、外国人の書く数字は意外と判別が難しい。
とりあえず上を指差していたので、階段を上がると発着場の番号が二桁になった。するとスタッフの書いてくれた数字が33、34に見えてきたので、そこへ行く。
メトロ社のバスが並んでいたので近づいていくと、バスの前にいたスタッフが「Safranbolu?」と聞いてくれた。流石に世界遺産。人気があるらしい。
荷物を積み込んであたりをウロウロしていると、テギュンを発見したので声をかけてバスへ誘導した。
「サフランボルは終点かなぁ?」
「いやー、たぶん違うと思う。」
サフランボル行きのバスは、14時30分にアンカラを発車。僕が事前にインターネットで調べたところによると、16時30分にサフランボルに着くはずであったけれど、実際に着いたのは17時半であった。
バスを降りると、タクシーの運転手が声をかけてくる。自ら声をかけてくるタクシーの運転手はロクな奴がいないので無視する。オトガルから観光地である旧市街まで移動する必要があるけれど、セルヴィス(バス会社のシャトルバス)とドルムシュ(乗り合いタクシー)で目指すことにする。
セルヴィスがすぐ到着したので乗ろうとすると、テギュンが建物の中でガイドブックを読んでいるのが見えたので、声をかけて一緒に乗せる。訳もわからず載せられたテギュンが旧市街の広場の名前「チャルシュ? チャルシュ?」と連呼していたら、セルヴィスに乗っていたイケメンが「チャルシュ? Together!」と連れて行ってくれることになった。テギュンのファインプレー。
イケメンに連れられてドルムシュに乗る。10分ほど走ったところで、イケメンがここで降りるよう教えてくれた。イケメンはそのままドルムシュに乗っていき、1TLも要求することはなかった。(結局この旅行を通じて、何かをしてもらってからお金を要求されたことは一度もなかった。)
さて、チャルシュ広場に降り立った僕とテギュンはいつの間にか二人連れになっていた。僕も彼も宿を予約していなかったので、僕が『歩き方』に乗っている「Efe Guest House」に行くと言うと、テギュンは笑顔で言った。
「OK. Let's go!」
広場にいたオヤジに道を聞いて、「Efe Guest House」へ。
「予約していないけど、空いてる?」と聞くと、ドミトリー(相部屋)に空きはなく、ツインの部屋が一部屋だけ空いているらしい。ついにテギュンと相部屋になった。どんどん縮まる二人の距離。
部屋に通されると、やたら大きなベッドが一つと、普通のベッドが一つ。大きなベッドを僕にすすめるテギュン。意外とかわいいところもあるじゃないか。僕も負けじと彼に譲っていると、オーナーがコインで決めろというので、トルコの仲裁により日韓の和解が成立した。結果テギュンが大きなベッドを使用することに。
「一緒の部屋だからって、すぐ街歩きまでするような尻軽男じゃないんだからね。」ということで、僕が先に街へ出る。目指すは街が一望できるという、フドゥルルックの丘。
丘を目指して歩いていてふと思った。
「お、楽しい。」
各地を旅行していると、たまに歩いているだけで楽しい街に出会うことがある。街の雰囲気が体になじむような感じだ。
フドゥルルックの丘からの眺めは、いわゆる「絶景」というわけではないけれど、とても気持ちのよい眺めだ。ジャーミィ(≒モスク)とおもちゃのような家が綺麗に収まる風景は何となく心が落ち着く。カッパドキアのとても全部を捉えきれないような風景とは対照的で、どちらもとても良い。
風景で胸は一杯になってもお腹は一杯にならないので夕食を食べる。『歩き方』に載っていたレストラン「カドゥオウル」に行き、二品とコーラをオーダーした。
結果として、二品とも炭水化物が届いた。
お腹が満たされた代わりに懐が寂しくなったので、ATMでお金を引き出すことにする。
チャルシュ広場に面したATMを利用し引き出そうとすると「一時的に利用できません」と表示され、引き出すことができない。もう一度やってみても同じだ。半年前のモロッコ旅行中と同じ症状が出てしまった。前回は旅の後半だったからまだよかったけれど、前半戦でこれはちょっと辛い。翌日にまた挑戦して駄目だったら、なけなしの日本円を両替することにしよう。果たして日本円の両替は受付してくれるのだろうか。
少しだけ夜のサフランボルを撮り歩く。
宿に戻ると、部屋のドアにノートの切れ端が挟んであるのを発見。
「鍵はフロントにあずけてあるよ。」
テギュンの置手紙。かわいい奴め。
シャワーを浴びる。(テギュンのためではない。)きちんとお湯が出ることに驚きと感動を覚えつつ、洗濯もする。
やがてテギュンが戻ってきて、明日からのドミトリー(相部屋)を予約したというので、僕もそう宿の人に申し入れた。明日もテギュンと一緒だ。
寝る前にテギュンとお互いのデジカメに入っている写真を見せ合う。夜景の9割で手ブレを起こしているテギュンの写真。やたら上半身裸の写真が多いテギュンの写真。カッパドキアの風景をバックに上半身裸のテギュン。背景と人物とどちらが異様な光景なのか僕には判断しかねる。
翌朝、6時に起床し、顔を洗ってひげを剃る。テラスで日記を書く。8時過ぎに朝食が出される。
食事中、ずっとハエとハチが周囲でブンブン言わせている。隣のテーブルでハチに襲われている女の子の様子を眺めていたら、日本人だった。彼女は大学3年生で、9月からトルコでインターンシップがあるらしく、それまで旅行しているらしい。様々な理由で人はトルコに来るものだ。
朝食を終えて部屋に戻り、飲料水をペットボトル大(2L)から小(500ml)に移しかえていると、誰かがドアをノックする。出てみると宿の奥さんだった。彼女は日本語を話す。この「Efe Guest House」は、同じサフランボルにある日本人に人気の宿「バストンジュ・ペンション」の若夫婦が独立して営んでいるため、彼女は日本語を話せる。実際に日本を旅行で訪れたこともあるそうだ。ちなみに宿名にある「Efe」とは、彼女の息子の名前である。
「今日、私の夫の車で、ヨリュク村へ、行きます。行きますか? ひとり、10TLです。」
『歩き方』によると、ヨリュク村はサフランボル同様に古い家屋が多く残っている村らしい。今日は特に予定もないので、「行きます。」と答えた。
出発は12時ということなので、それまでまた街中を歩く。まずは昨日引き出すことのできなかったATMに再挑戦するも、やはり引き出せない。一時的じゃなかったのか。このままでは資金繰りが苦しいので、銀行の窓口へ行き日本円を両替することに。これで銀行が日本円を受付していなければ、トルコで破産し、今ごろはゲストハウスで働いているところだったが、問題なく両替することができた。10,000円が177TLに。数字が減ってしまい何となく寂しい。
9時に開くはずのインフォメーションが開く気配を見せないのでフラフラと街歩き。途中にあった別銀行のATMに挑戦したら、なんと引き出すことができた。このままATMが使えなかったら結構厳しいと思っていたけれど、どうやら個別の銀行についての問題であるらしい。なんにせよ良かった。
適当に歩いていると、内部を公開している古民家の一つ「ギレジレル・コナウ」に行き当たったので中へ。受付のお姉さんはずっと携帯電話でゲームをしている。その効果音をBGMに古民家を巡る。天井の文様と家具にかけられた織物が美しい。
建物を出て歩いていると、革製品の土産物を売っているオヤジに話しかけられる。オヤジは店先で実際に皮のブレスレットを作っているところを見せてくれる。オヤジ曰く。
「This, Real Leather. Fake Leather, Istanbul, Ankara and China.」
坂を上ってサフランボル博物館へ。博物館自体はハズレだったけれど、高台からの眺めが良かった。
トルコの街は猫が多い。
旅行会社へ行き、明日アンカラへ行くためのバスを予約する。
それから宿に帰る途中で、朝食のときに会った女の子、ユカと遭遇。ヨリュク村について少し話したあと、「旅行中の炭酸は美味い」という意見で一致したので、一緒にコーラを買いに行く。コーラはそこら中に売っているのだけれど、彼女にとって「普通のコーラは甘すぎる」らしいので、ダイエットコークないしZEROを探す。トルコの片隅でダイエットコークを探す人生もあるのか。結局見つからず、僕は普通のコーラ、彼女はスプライトを飲みながら宿に戻った。
12時過ぎに車は出発。バンに日本人2名、ドイツ人夫婦2名、韓国人5名。「Efe Guest House」は韓国人の宿泊客が多い。たぶんガイドブックに載っているのだろう。テギュンのガイドブックには載っていなかったけれど。どこで買ったのだろう。
ヨリュク村へは15分くらい。途中で交通事故を目撃。トルコ人も急いでいるんだな。
ヨリュク村はサフランボルの旧家成分を1.8倍に濃縮した雰囲気。ここでも公開している古民家に入る。スタッフらしき人が説明をしてくれたのだが、その伝達経路が面白い。
スタッフはトルコ語で説明をし、それをトルコ語がわかるドイツ人の旦那さんが奥さんにドイツ語で説明する。そして奥さんが英語で説明をしてくれた。通訳を介するごとに文章が短くなっているのはきっと気のせい。
昼食は隣接の店で「ギョズレメ」というチーズとポテトの入ったクレープを食べる。
ここでモンスターが登場。
ナイフとフォークを使って食べていると、店の奥から50歳くらいのデカいおばさんが出てきて「若いモンが、そんなもん使ってチマチマ食ってんじゃないわよ!」的な雰囲気のトルコ語を発しながら、クレープを素手で丸め、僕の口に突っ込んできた。
手で食べるのは良いけれど、何しろ熱い。「熱い!」という僕のリアクションに、おばちゃんは笑いながら僕の肩を叩く。なぜトルコまで来てダチョウ倶楽部ごっこをしなければいけないのか。
魔物が住むヨリュク村を後にして、サフランボルに戻る。
そろそろお土産のことを考えつつ街歩き。これまでずっと無視していた名産のお菓子「ロクム」の店に入る。僕の経験上、海外の甘いものは十中二十五くらい外れるのだが、予想外に美味い。値段も手ごろなのでお土産用に購入。
一度宿に戻るとテギュンがいた。部屋はもうドミトリーに移っている。僕が持っているロクムの袋が気になるテギュン。
「それは何だ。」
「幾らだ。」
「ちょっと見せてくれ。」
かわいい奴め。
外がやたら暑いので、部屋で一眠りしてから、また街歩き。流石に多少飽きてくる。変化をつけるため、よりローカルっぽいカフェに入り、甘くない飲むヨーグルト「アイラン」を飲む。冷えていてとても美味かった。しかも安い。(0.8TL)
雑貨を幾つか買って部屋に戻ると、僕が寝ているうちに出掛けていたテギュンが戻っていた。
「これ買ったんだ!」
ロクムを見せるテギュン。かわいい奴め。
「明日はもっと買うよー。安いし。でもバックパックがフルなんだよ。しかも空港の奴らは荷物を投げるだろ? 知ってるか?」
テギュンの話もそこそこに、夕飯を食べに出る。テギュンは宿で食べるらしい。ヨリュク村のツアーに行く前に、奥さんが皆に8TLで夕食を用意すると言っていた。
今日のテーマはローカルということで、ローカルっぽい店を探す。そう言えば前を通るたびにおばちゃんが手招きをしてくる店があったので、そこへ向かうことにする。かなり高い確率でハズレっぽい雰囲気だったけれど、それもまた楽しいだろう。
店に行き、いつも通り誰も客がいない店内へ。すると、何を勘違いしたのか僕の後ろを歩いていた韓国人二人組もつられるように入ってくる。どうした君たち。そしてさらに、店内に観光客が二組もいる様子を見たフランス人までも入ってきた。恐ろしい話だ。
おばちゃんも若おばちゃんも英語が話せないだけど、なぜか英語メニューだけはあったので、トルコ風スープと「ドルマ」(野菜に肉などを詰めて煮たもの)を注文。あとは、昼に飲んだアイランが美味しかったので、メニューに載っていなかったけれどアイランを頼んだ。
僕がメニューにないアイランを頼んだので、極東人はアイランが好きだと思った若おばちゃんは、韓国人にアイランがいるか聞いていた。けれど、彼らはアイランが何か知らなかったので、若おばちゃんはアイランの説明をする羽目になり、混乱をきたしていた。
出てきた料理の味は、とてもトルコ的。独特の味で、原材料の想像ができない。この味を解するには経験値が足りなかったけれど、決して不味くはなかった。
せっかく英語が通じないので、『旅の指さし会話帳』でコミュニケーションを取り、とても楽しい食事だった。
サフランボル最後の夜は、フドゥルルックの丘から見る夜景で閉めるしかあるまいということで、丘へ上る。
丘の上から町を眺めていると、次第に空が暗くなり、それに呼応するように建物の灯りがひとつまたひとつと点されていく。綺麗な風景を綺麗に写すのは気持ちが良いなぁ。
部屋に戻ると、いつものごとくテギュンがいる。
「晩飯は食ったのか? それは肉か? チキンか? そうか……この宿のメシは……(首を振る)」
どうやらイマイチだったらしい。
「お前は賢かったよ。」
そうテギュンは言い残して毛布を被った。
明日、僕はサフランボルを後にする。バスで3時間かけてアンカラへ行き、その日の夜行列車「アンカラ・エクスプレシィ」に9時間揺られてイスタンブールに向かう予定だ。
実はサフランボルからイスタンブールは直通のバスが出ていて、それを利用すれば半分の6時間で着く。しかしそれでは鉄道に乗ることなく旅行が終わってしまう。僕は格別鉄道好きではないけれど、旅行先で「世界の車窓から」ごっこをするのが日本人のたしなみというものだろう。
唯一の不安は、当日の寝台が取れるかという点だ。『歩き方』には売り切れることもあるので朝のうちに取るよう書いてあった。バスのチケットを買った旅行会社に聞いてみたけれど、鉄道の切符は取り扱っていなかった。
仕方がないので、ここは出たとこ勝負でやるのも面白いと思い、とりあえずアンカラへ行ってみることにした。
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空を見上げて驚いた。幾つもの気球が空に浮かんでいる。
土色の地面に青い空。色とりどりの気球。嗚呼美しきかな。夢中で写真を撮り、テラスのソファに座る。
30分ほどで気球も姿を消し、ホテルの従業員も起きてきた。チャイを一杯もらってから支払いを済ませ、久しぶりにインターネットをする。
指定の8時半からオトガルで待機し、ネヴシェヒルへのシャトルバスが到着したのが9時。概ね+30~40分くらいがトルコ時間らしい。
バスを待つ間にフラフラと近づいてきた角刈りの男に唐突に韓国語で話しかけられる。訳がわからなかったが、英語で話してみると、彼もサフランボルに行くらしい。
サフランボルの直行便はないため、とりあえず首都のアンカラへ行き、そこで乗り換えになる。アンカラ行きのバスが10時ごろに到着。指定の席に座ると、隣はさっきの韓国人だった。
「日本のどっから来たの?」
「千葉。東京の隣。」
「おー、千葉ロッテ。キム・テギュン!」
「あぁー、そうそう。野球好きなの?」
「いや、別に。君は?」
「僕も別に。」
「……。」
「……。」
トルコの長距離バスでは、乗車後に係の人がそれぞれの乗客に行先を聞いてまわる。隣の彼(以下、テギュン)が先に聞かれ、「アンカラ」と答える。次いで僕も答える準備をしていたが、僕には聞かずに係りの人は行ってしまった。肩透かしをくったけれど、トルコのバスで極東人が二人並んでいたら「連れ」だと思うのも無理はない。
途中で立ち寄った休憩所の道路を挟んだ向かい側に、白い湖があるのを発見。たぶんトゥズ湖だろうと思い、ズームで写真を撮る。置いていかれるのが怖くて向こう側に行く勇気はなかった。ちなみに「トゥズ」はトルコ語で「塩」。よってトゥズ湖は塩湖。
アンカラのオトガルに到着したのは14時。流石に首都の貫禄ある巨大なバスターミナル。
サフランボルに行くバスの乗車場所をメトロのスタッフに聞く。英語が通じなかったので書いてもらったけれど、外国人の書く数字は意外と判別が難しい。
とりあえず上を指差していたので、階段を上がると発着場の番号が二桁になった。するとスタッフの書いてくれた数字が33、34に見えてきたので、そこへ行く。
メトロ社のバスが並んでいたので近づいていくと、バスの前にいたスタッフが「Safranbolu?」と聞いてくれた。流石に世界遺産。人気があるらしい。
荷物を積み込んであたりをウロウロしていると、テギュンを発見したので声をかけてバスへ誘導した。
「サフランボルは終点かなぁ?」
「いやー、たぶん違うと思う。」
サフランボル行きのバスは、14時30分にアンカラを発車。僕が事前にインターネットで調べたところによると、16時30分にサフランボルに着くはずであったけれど、実際に着いたのは17時半であった。
バスを降りると、タクシーの運転手が声をかけてくる。自ら声をかけてくるタクシーの運転手はロクな奴がいないので無視する。オトガルから観光地である旧市街まで移動する必要があるけれど、セルヴィス(バス会社のシャトルバス)とドルムシュ(乗り合いタクシー)で目指すことにする。
セルヴィスがすぐ到着したので乗ろうとすると、テギュンが建物の中でガイドブックを読んでいるのが見えたので、声をかけて一緒に乗せる。訳もわからず載せられたテギュンが旧市街の広場の名前「チャルシュ? チャルシュ?」と連呼していたら、セルヴィスに乗っていたイケメンが「チャルシュ? Together!」と連れて行ってくれることになった。テギュンのファインプレー。
イケメンに連れられてドルムシュに乗る。10分ほど走ったところで、イケメンがここで降りるよう教えてくれた。イケメンはそのままドルムシュに乗っていき、1TLも要求することはなかった。(結局この旅行を通じて、何かをしてもらってからお金を要求されたことは一度もなかった。)
さて、チャルシュ広場に降り立った僕とテギュンはいつの間にか二人連れになっていた。僕も彼も宿を予約していなかったので、僕が『歩き方』に乗っている「Efe Guest House」に行くと言うと、テギュンは笑顔で言った。
「OK. Let's go!」
広場にいたオヤジに道を聞いて、「Efe Guest House」へ。
「予約していないけど、空いてる?」と聞くと、ドミトリー(相部屋)に空きはなく、ツインの部屋が一部屋だけ空いているらしい。ついにテギュンと相部屋になった。どんどん縮まる二人の距離。
部屋に通されると、やたら大きなベッドが一つと、普通のベッドが一つ。大きなベッドを僕にすすめるテギュン。意外とかわいいところもあるじゃないか。僕も負けじと彼に譲っていると、オーナーがコインで決めろというので、トルコの仲裁により日韓の和解が成立した。結果テギュンが大きなベッドを使用することに。
「一緒の部屋だからって、すぐ街歩きまでするような尻軽男じゃないんだからね。」ということで、僕が先に街へ出る。目指すは街が一望できるという、フドゥルルックの丘。
丘を目指して歩いていてふと思った。
「お、楽しい。」
各地を旅行していると、たまに歩いているだけで楽しい街に出会うことがある。街の雰囲気が体になじむような感じだ。
フドゥルルックの丘からの眺めは、いわゆる「絶景」というわけではないけれど、とても気持ちのよい眺めだ。ジャーミィ(≒モスク)とおもちゃのような家が綺麗に収まる風景は何となく心が落ち着く。カッパドキアのとても全部を捉えきれないような風景とは対照的で、どちらもとても良い。
風景で胸は一杯になってもお腹は一杯にならないので夕食を食べる。『歩き方』に載っていたレストラン「カドゥオウル」に行き、二品とコーラをオーダーした。
結果として、二品とも炭水化物が届いた。
お腹が満たされた代わりに懐が寂しくなったので、ATMでお金を引き出すことにする。
チャルシュ広場に面したATMを利用し引き出そうとすると「一時的に利用できません」と表示され、引き出すことができない。もう一度やってみても同じだ。半年前のモロッコ旅行中と同じ症状が出てしまった。前回は旅の後半だったからまだよかったけれど、前半戦でこれはちょっと辛い。翌日にまた挑戦して駄目だったら、なけなしの日本円を両替することにしよう。果たして日本円の両替は受付してくれるのだろうか。
少しだけ夜のサフランボルを撮り歩く。
宿に戻ると、部屋のドアにノートの切れ端が挟んであるのを発見。
「鍵はフロントにあずけてあるよ。」
テギュンの置手紙。かわいい奴め。
シャワーを浴びる。(テギュンのためではない。)きちんとお湯が出ることに驚きと感動を覚えつつ、洗濯もする。
やがてテギュンが戻ってきて、明日からのドミトリー(相部屋)を予約したというので、僕もそう宿の人に申し入れた。明日もテギュンと一緒だ。
寝る前にテギュンとお互いのデジカメに入っている写真を見せ合う。夜景の9割で手ブレを起こしているテギュンの写真。やたら上半身裸の写真が多いテギュンの写真。カッパドキアの風景をバックに上半身裸のテギュン。背景と人物とどちらが異様な光景なのか僕には判断しかねる。
翌朝、6時に起床し、顔を洗ってひげを剃る。テラスで日記を書く。8時過ぎに朝食が出される。
食事中、ずっとハエとハチが周囲でブンブン言わせている。隣のテーブルでハチに襲われている女の子の様子を眺めていたら、日本人だった。彼女は大学3年生で、9月からトルコでインターンシップがあるらしく、それまで旅行しているらしい。様々な理由で人はトルコに来るものだ。
朝食を終えて部屋に戻り、飲料水をペットボトル大(2L)から小(500ml)に移しかえていると、誰かがドアをノックする。出てみると宿の奥さんだった。彼女は日本語を話す。この「Efe Guest House」は、同じサフランボルにある日本人に人気の宿「バストンジュ・ペンション」の若夫婦が独立して営んでいるため、彼女は日本語を話せる。実際に日本を旅行で訪れたこともあるそうだ。ちなみに宿名にある「Efe」とは、彼女の息子の名前である。
「今日、私の夫の車で、ヨリュク村へ、行きます。行きますか? ひとり、10TLです。」
『歩き方』によると、ヨリュク村はサフランボル同様に古い家屋が多く残っている村らしい。今日は特に予定もないので、「行きます。」と答えた。
出発は12時ということなので、それまでまた街中を歩く。まずは昨日引き出すことのできなかったATMに再挑戦するも、やはり引き出せない。一時的じゃなかったのか。このままでは資金繰りが苦しいので、銀行の窓口へ行き日本円を両替することに。これで銀行が日本円を受付していなければ、トルコで破産し、今ごろはゲストハウスで働いているところだったが、問題なく両替することができた。10,000円が177TLに。数字が減ってしまい何となく寂しい。
9時に開くはずのインフォメーションが開く気配を見せないのでフラフラと街歩き。途中にあった別銀行のATMに挑戦したら、なんと引き出すことができた。このままATMが使えなかったら結構厳しいと思っていたけれど、どうやら個別の銀行についての問題であるらしい。なんにせよ良かった。
適当に歩いていると、内部を公開している古民家の一つ「ギレジレル・コナウ」に行き当たったので中へ。受付のお姉さんはずっと携帯電話でゲームをしている。その効果音をBGMに古民家を巡る。天井の文様と家具にかけられた織物が美しい。
建物を出て歩いていると、革製品の土産物を売っているオヤジに話しかけられる。オヤジは店先で実際に皮のブレスレットを作っているところを見せてくれる。オヤジ曰く。
「This, Real Leather. Fake Leather, Istanbul, Ankara and China.」
坂を上ってサフランボル博物館へ。博物館自体はハズレだったけれど、高台からの眺めが良かった。
トルコの街は猫が多い。
旅行会社へ行き、明日アンカラへ行くためのバスを予約する。
それから宿に帰る途中で、朝食のときに会った女の子、ユカと遭遇。ヨリュク村について少し話したあと、「旅行中の炭酸は美味い」という意見で一致したので、一緒にコーラを買いに行く。コーラはそこら中に売っているのだけれど、彼女にとって「普通のコーラは甘すぎる」らしいので、ダイエットコークないしZEROを探す。トルコの片隅でダイエットコークを探す人生もあるのか。結局見つからず、僕は普通のコーラ、彼女はスプライトを飲みながら宿に戻った。
12時過ぎに車は出発。バンに日本人2名、ドイツ人夫婦2名、韓国人5名。「Efe Guest House」は韓国人の宿泊客が多い。たぶんガイドブックに載っているのだろう。テギュンのガイドブックには載っていなかったけれど。どこで買ったのだろう。
ヨリュク村へは15分くらい。途中で交通事故を目撃。トルコ人も急いでいるんだな。
ヨリュク村はサフランボルの旧家成分を1.8倍に濃縮した雰囲気。ここでも公開している古民家に入る。スタッフらしき人が説明をしてくれたのだが、その伝達経路が面白い。
スタッフはトルコ語で説明をし、それをトルコ語がわかるドイツ人の旦那さんが奥さんにドイツ語で説明する。そして奥さんが英語で説明をしてくれた。通訳を介するごとに文章が短くなっているのはきっと気のせい。
昼食は隣接の店で「ギョズレメ」というチーズとポテトの入ったクレープを食べる。
ここでモンスターが登場。
ナイフとフォークを使って食べていると、店の奥から50歳くらいのデカいおばさんが出てきて「若いモンが、そんなもん使ってチマチマ食ってんじゃないわよ!」的な雰囲気のトルコ語を発しながら、クレープを素手で丸め、僕の口に突っ込んできた。
手で食べるのは良いけれど、何しろ熱い。「熱い!」という僕のリアクションに、おばちゃんは笑いながら僕の肩を叩く。なぜトルコまで来てダチョウ倶楽部ごっこをしなければいけないのか。
魔物が住むヨリュク村を後にして、サフランボルに戻る。
そろそろお土産のことを考えつつ街歩き。これまでずっと無視していた名産のお菓子「ロクム」の店に入る。僕の経験上、海外の甘いものは十中二十五くらい外れるのだが、予想外に美味い。値段も手ごろなのでお土産用に購入。
一度宿に戻るとテギュンがいた。部屋はもうドミトリーに移っている。僕が持っているロクムの袋が気になるテギュン。
「それは何だ。」
「幾らだ。」
「ちょっと見せてくれ。」
かわいい奴め。
外がやたら暑いので、部屋で一眠りしてから、また街歩き。流石に多少飽きてくる。変化をつけるため、よりローカルっぽいカフェに入り、甘くない飲むヨーグルト「アイラン」を飲む。冷えていてとても美味かった。しかも安い。(0.8TL)
雑貨を幾つか買って部屋に戻ると、僕が寝ているうちに出掛けていたテギュンが戻っていた。
「これ買ったんだ!」
ロクムを見せるテギュン。かわいい奴め。
「明日はもっと買うよー。安いし。でもバックパックがフルなんだよ。しかも空港の奴らは荷物を投げるだろ? 知ってるか?」
テギュンの話もそこそこに、夕飯を食べに出る。テギュンは宿で食べるらしい。ヨリュク村のツアーに行く前に、奥さんが皆に8TLで夕食を用意すると言っていた。
今日のテーマはローカルということで、ローカルっぽい店を探す。そう言えば前を通るたびにおばちゃんが手招きをしてくる店があったので、そこへ向かうことにする。かなり高い確率でハズレっぽい雰囲気だったけれど、それもまた楽しいだろう。
店に行き、いつも通り誰も客がいない店内へ。すると、何を勘違いしたのか僕の後ろを歩いていた韓国人二人組もつられるように入ってくる。どうした君たち。そしてさらに、店内に観光客が二組もいる様子を見たフランス人までも入ってきた。恐ろしい話だ。
おばちゃんも若おばちゃんも英語が話せないだけど、なぜか英語メニューだけはあったので、トルコ風スープと「ドルマ」(野菜に肉などを詰めて煮たもの)を注文。あとは、昼に飲んだアイランが美味しかったので、メニューに載っていなかったけれどアイランを頼んだ。
僕がメニューにないアイランを頼んだので、極東人はアイランが好きだと思った若おばちゃんは、韓国人にアイランがいるか聞いていた。けれど、彼らはアイランが何か知らなかったので、若おばちゃんはアイランの説明をする羽目になり、混乱をきたしていた。
出てきた料理の味は、とてもトルコ的。独特の味で、原材料の想像ができない。この味を解するには経験値が足りなかったけれど、決して不味くはなかった。
せっかく英語が通じないので、『旅の指さし会話帳』でコミュニケーションを取り、とても楽しい食事だった。
サフランボル最後の夜は、フドゥルルックの丘から見る夜景で閉めるしかあるまいということで、丘へ上る。
丘の上から町を眺めていると、次第に空が暗くなり、それに呼応するように建物の灯りがひとつまたひとつと点されていく。綺麗な風景を綺麗に写すのは気持ちが良いなぁ。
部屋に戻ると、いつものごとくテギュンがいる。
「晩飯は食ったのか? それは肉か? チキンか? そうか……この宿のメシは……(首を振る)」
どうやらイマイチだったらしい。
「お前は賢かったよ。」
そうテギュンは言い残して毛布を被った。
明日、僕はサフランボルを後にする。バスで3時間かけてアンカラへ行き、その日の夜行列車「アンカラ・エクスプレシィ」に9時間揺られてイスタンブールに向かう予定だ。
実はサフランボルからイスタンブールは直通のバスが出ていて、それを利用すれば半分の6時間で着く。しかしそれでは鉄道に乗ることなく旅行が終わってしまう。僕は格別鉄道好きではないけれど、旅行先で「世界の車窓から」ごっこをするのが日本人のたしなみというものだろう。
唯一の不安は、当日の寝台が取れるかという点だ。『歩き方』には売り切れることもあるので朝のうちに取るよう書いてあった。バスのチケットを買った旅行会社に聞いてみたけれど、鉄道の切符は取り扱っていなかった。
仕方がないので、ここは出たとこ勝負でやるのも面白いと思い、とりあえずアンカラへ行ってみることにした。
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