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2012/10/08

アイルランド旅行記(1/8)|ダブリン。丸裸の家畜と中華料理。

2012年8月31日(金) 東京

 出発は金曜日。
 上の空でデスクに座り、打ち合わせ中に仮眠を取っているうちに、気づけば夕方。定時の鐘と共に退社し成田空港へ向かうべく準備をしていたが、図ったようにトラブルが発生した。そいつを無理やり押し込んで蓋をするのにやや手間取り、結局18時過ぎに会社を出る。
 混雑した山手線にバックパックを持ち込む僕への視線はとても温かい。日暮里駅で京成線に乗り換えるのだけれど、「スカイライナー」やら「スカイアクセス」やら「イブニングライナー」やら色々あってよくわからない。来た電車に適当に乗り、20時前に成田空港第2ターミナルに到着した。
 平日夜の成田空港は人もまばらで、電光掲示板に表示されている便名も数えるほどだ。エミレーツ航空のカウンターへ向かい、チェックインを済ませる。荷物に燦然と輝く「economy」のタグが誇らしい。
 本屋でカート・ヴォネガットの『ホーカス・ポーカス』を買ってから、搭乗ゲートに着いたのが21時過ぎ。ファーストクラス、ビジネスクラスの富豪が乗り込んだ後、平民としては比較的速い順番で機内へ。
 席は後ろに誰もいない窓側。飛行機に乗るときはいつも窓側を指定する。トイレに行く度にいちいち断るのが面倒ではあるけれど、やはり窓からの景色は捨てがたい。それに、迷惑をかけられるよりも迷惑をかけたい。真剣(マジ)で。

 家畜に生まれ変わったら幸せだろうか。
 確かに屠殺で終わるその最期は幸福とは言いがたいけれど、狭いところに押し込まれつつも、食事は保証されているし、肉質を良くするために音楽なんかもかけてもらえるかもしれない。ある意味では優雅な生活といえる。
 そんな関係のない話はさて置き、僕は経由地ドバイまでの9時間の間、食事→映画→睡眠→食事→映画→睡眠と大変充実した優雅な時間を過ごしたことはお伝えしておきたい。


2012年9月1日(土) ドバイ→ダブリン
 ドバイに到着したのは現地時間の午前3時。ここに来るのは3回目だけれど、相変わらずのバブリーな雰囲気。高価な宝飾品が並ぶ店内をご自慢の「economy」タグで店員を蹴散らしながら闊歩する。

 なぜか屋内に生える椰子の木には、上のほうにライトが刺さっているため、恐らく偽物であろうとは思うけれど、本場の椰子は発電するのかもしれないので、なんとも言えない。

 免税店で売っているタバコのパッケージには「Smoking Kills」の文字が。色々な規制があるのだろうけれど、ここまで来るともはや売っている理由が不明だ。そのうち「Bomb Kills」と書いて爆弾の取り扱いも始めるかもしれない。
 そんなドバイからダブリンまでは約7時間。再び映画と睡眠と食事に溺れる。


 外務省の基礎データによると、アイルランドの面積は北海道とほぼ同じで、人口は約459万人と北海道よりも100万人ほど少ない。
 首都のダブリンは人口約121万人で、アイルランドの人口の4分の1がダブリンに集中していることになる。

 ダブリン国際空港に到着したのは現地時間9月1日(土)の午前10時半。機長が「早く着きすぎたから、場所が空いてないや」と言うので、滑走路でしばらく待機。また、座席の関係で飛行機から出るのが遅かったため、入国審査を出るころには12時近くになっていた。

 何度旅行をしても、入国ゲートをくぐったあとの自分が丸裸になったような気分はどこまでも新鮮で心地が良い。どれだけ日本で偉そうなことをのたまっていようが、ここでは切符の買いかた一つ分からない。海外旅行は知らぬ間に築いていた自分らしさの檻から抜け出す、またとない機会だと思う。もちろん、ここで言う「丸裸」はあくまで比喩であり、思わず本当に丸裸になった場合、即時帰国の途に就くことになると思うので、注意する必要がある。


 空港のATMでお金を下ろし(参照:現金を捨てて旅に出る)、インフォメーションで聞いたバスに乗って、ダブリン中心部を目指す。雲はあれども天気は快晴、気温は涼しく過ごしやすい。緑の芝生に青い空、僕が期待していたアイルランドがそこにある。そんな喜びに浸っているうちに、降りるべきバス停を通り過ぎたため、慌てて次のバス停で降りる。
 ダブリンは市内を横断するようにリフィ川が東西に流れており、目抜き通りの「オコンネル・ストリート」が南北に走っている。そしてその2つが交わる「オコンネル橋」付近が街の中心となる。

 僕はそこから少し南にある、グリーン・カレッジのバス停で降り、オコンネル橋へと歩く。土曜日ゆえか、あるいはいつものことなのか、交通量も人通りもとても多い。人通りの割に歩行者用信号が青でいる時間がやたら短いので、交差点付近は混雑している。

 海外旅行をする時、僕は事前にほぼ完璧な予定を立てる。行きたい場所やホテルはもちろん、バスや電車などの移動手段についても発車時刻や値段を調べて、Tripitに全ての旅程を放り込む。その上で、何も予約しない。僕が立てる予定はあくまで理想であり、天候や体調や気分でいくらでも変わることがあるからだ。
 ただし、例外的に初日の宿だけは予約をすることが多い。初日の予定が変わることは滅多にないし、長距離移動の後に宿を探すのはそれなりに疲れるからだ。

 そんなわけで、初日の宿「Abbey Court」は日本から予約しておいた。お釣りを間違えられたりしつつも、無事にチェックイン。とは言えまだ部屋には入れないため、地下にある荷物置き場にバックパックを置いて、街へ出る。

 まずは宿でおすすめされた「The Bakehouse」でランチ。ピンクを基調としたガーリーな外観と店内に戸惑いつつも、ローストビーフ・サンドイッチをいただく。外側はしっかりしているのに、ふわふわとして柔らかなパンがとても美味しい。年季の違いか雰囲気か、外国で食べるパンはいつも美味い。


 オコンネル橋を南に渡ってすぐの所にある「Trinity College」は、1592年に創立されたアイルランド最古の大学であり、現在もアイルランド一の名門大学である。ちなみに少し前に話題になった2012年の世界大学ランキングでは110位に位置している。

 僕は自分の母校には一片の愛校心も持っていないけれど、外国の大学に侵入するのは大好きだ。そのうえここには『ケルズの書』と「Long Room」がある。
 『ケルズの書』は、8世紀につくられた福音書の写本で、アイルランドの国宝である。古い書簡ならば他にいくらでもあるのだろうけれど、これは1,200年以上前のものとは思えない装飾の美しさに思わず息を呑む。
 そして「Long Room」は長さ65mの細長い図書室で、この図書館で最も古い蔵書が収められている。天井までの本棚一杯に重厚な装丁の本が並べられたその姿は、人間の好奇心、探究心の象徴とも言える。大きな窓からは、まるで知識が世界を照らすかのように陽の光が注ぎ込む、何とも幸せな空間だ。
 両者とも撮影禁止のため、画像は各自で検索いただきたい。

 図書館を出て、キャンパス内を散歩する。重厚な建物と、鮮やかな緑と、学生の感性が混在するとても気持ちのよい場所だ。







 ダブリンには城もある。その名もダブリン城。

 建設は1204年ではあるけれど、1864年に火事で崩壊し、1989年に復元された。このような話を聞くにつけ、木造なのに1,400年間焼失していない法隆寺の偉大さを思う。

 ダブリン城内はツアー形式でしか回れないため、申込みを済ませ、ロビーでしばらく待つ。まだ始まりそうに無かったのでトイレに行って戻ってきたら、誰もいなくなっていた。追いつこうと思ったらドアが閉まっていて入れない。受付から係員が出てきて、急いでドアを開けてくれ、遅れて無事に参加。誰も気にかけてくれない一人旅の寂しさが身にしみる。
 ツアー形式は、一人で見て回るよりも多くの情報を得ることができるのが利点ではあるけれど、自分のペースで回れないので何となく印象が薄くなってしまう。そして何より、ガイドが何を言っているのかよくわからないのが難点だ。
 とりあえず適当なタイミングで頷き、周りが笑っていたら口角を上げてみることを心がける。この城に泊まった最後の人物がサッチャーであることなどの断片的な情報は手に入ったけれど、今後の人生においてこのトリビアを使う機会があるかは疑わしい。

 ダブリンには劇場もある。

 バレエやミュージカルの公演があればぜひ見たかったのだけれど、残念ながら見つけることができなかったので、近くの「Abbey Theater」へ行き、適当なチケットを買ってみる。
 ガイドが何を言っているのかもよくわからないのに、舞台のチケットを買うというのもかなり無謀ではあるけれど、演技であれば何かしら訴えかけるものがあるかもしれないと一縷の望みを託してみることに。
 「Abbey Theater」自体は現在改修中であったため、公演はオコンネル・ストリートを北に行った所にある「OReilly Theater」で行われる。
 8時の開演まではまだ時間があったけれど、特にやることもないので会場へ向かう。(他の観光施設は18時ごろまでに大体閉まっている)
 チケットは買ったものの、公演の中身が全くわからないため、劇場で何か手がかりがないか探してみると、有益な情報を発見。公演時間はなんと3時間半(途中休憩時間含む)。事前に予想していた公演時間の1.5倍(当社比)だ。公演が終わってから夕食にしようと思っていたけれど、急遽付近で店を探すことに。
 中心部からはやや外れているため、いわゆるレストランは殆ど無い。しかし、少し南に行ったところに、やたらと中国系の店が立ち並んだ、プチ中華街のような通りがあったため、そこへ行ってみる。

 当然店員は中国人。中国語の新聞も売っている。トレーに並べられたお惣菜から自由に3品を選んで、山盛りのご飯がついて、5ユーロ。アイルランド初日の夜に中華料理を食べることに疑問を抱かないこともないけれど、それはそれとしてやたら美味い。世界中を探しても、まずい中華料理屋があるのは日本と中国くらいではないだろうか。


 OReilly Theaterに戻り、開演を待つ。タイトルは『The Prough and the Stars』。やがて照明が落とされ、幕が上がる。
 舞台上で俳優が演じ、観客は笑い、……そして僕は寝た。
 気づくと周りが明るくなっていた。どうやら休憩時間のようだ。僕は外の喫煙所に向かう風を装って、そのまま帰った。
 ダブリンの夜は寒い。

 宿に戻る。部屋は二段ベットが3つ置かれている6人部屋だ。部屋に入ると日本人っぽいアジア人が隣のベッドにいた。彼から僕に話しかけてきた。
 「Hi. Where are you from?」
 「Japan.」
 「Me too.」
 最後のは日本語で良かった気がするけれど、旅先で日本人と会った時の日本語へ切り替えるタイミングはなかなか難しいものがある。
 彼は大学院生で、修士論文のテーマとしてアイルランドを扱っているとのことだ。北アイルランドのロンドンデリーからダブリンにやってきたばかりだという。
 僕はダブリンの先輩として彼にアイルランドの情報を教えてあげることにした。

 「中華料理が美味いよ。」

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