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2012/11/23

アイルランド旅行記(5/8)|コーク→キルケニー→ダブリン。鏡の川と古い城と白い雲。

2012年9月5日(水) コーク
 コークの中心をリー川が東西に横切るようにして流れている。川の水は綺麗ではない。けれど、地平線から溢れる早朝の光を浴びた川面は、まるで鏡のように水上の風景を写しとる。






 やがて鏡がその姿をひそめると、オレンジ色の朝陽が街を染める。早朝はその街が最も美しく見える時間帯だ。




 宿に戻って、今日もアイリッシュ・ブレックファーストをいただく。ソーセージの塩気が強くて、米が欲しくなる。




 バスターミナルへ。今日はとりあえず、コークの北東150キロほどにある街、キルケニーを目指す。

 キルケニーに向かうバスの運転手は女性であった。くすんだ色の金髪でショートカット。大門風サングラスをかけているが、年齢は恐らく30代の後半だと思う。
 彼女はキルケニーまでの道中、ひっきりなしに喋っていた。
 停留所で降りる人には「良い一日をね!」、そして乗り込んできた学生に「こんにちは、お嬢ちゃんたち!」、たまたま通りがかった教会で結婚式が行われているのを眺めて「私もバスなんか運転している場合じゃないわ…」と、何かと楽しそうに仕事をしている。
 恐らく同僚からも愛されているのだろう。「Bus Eireann」の運転手同士は、日本でもよく見られるように、運行中すれ違うときに、お互い軽く手を上げて挨拶をする。
 僕の乗ったバスとすれ違った運転手は、こちらの運転手が彼女であるのを見て、両手でガッツポーズを取っていた。


 キルケニーには14時過ぎに到着。観光案内所で地図をもらってから、14世紀の建物を利用したパブKyteler's Inn(※音が出ます)で遅めの昼食を取る。本日のスープと、アイリッシュ・シチューを注文。頼んでから気づいたけれど、両方汁物だった。




 溢れんばかりの水分を摂取し、アイルランド随一の美しさを誇る古城キルケニー城へ。


 青い空と緑の芝生を背景に、渋みのあるグレーが鎮座する。あまりに均整がとれているので、写真が撮りづらいという点においては、平等院鳳凰堂に比肩する。
 ちなみに城の付近一体は芝生の公園になっている。

 すぐ近くて日本人の女子大生二人組がはしゃいでいたので、なるべく関わらないようにして、城の中へ。幸いにしてこの日は月の第一水曜日であったため、入場料が無料であった。
 城内は撮影禁止。高そうなカメラを持った旅行者が無視して撮影をしているのを見て、誘惑に駆られたけれど、易きに流されまいとぐっとこらえた。後世に何を残すでもない塵芥のような人生においては、生き方だけが矜持たりえるのだ。
 その外観からは想像しにくいけれど、幾世紀にも渡り増改築を繰り返された城の独特な構造が面白い。ベッドルームには中国製の壁紙が貼られ、The Chinese Bedroomと呼ばれていた。Made in Chinaも珍重されていた時期もあったのだなと感心する。

 かつて城の厩舎として使われていた建物は、キルケニー・デザインセンターという、アイルランド全土の名産品を集めた土産物屋になっている。

 魂を抜かれた量産型の地産品と、根を失ったモダンアートがほとんどであまり興味を惹かれるものは無かったけれど、Orla Kielyはセンスが良いと思った。

 キルケニー・デザインセンターを奥まで進むと、バトラーハウス(元々は城付きの未亡人のための住居として使われていた建物)の素敵な庭園に行き着く。



 小道を歩いていると、小さな池のほとりに3~4歳くらいの男の子を連れた母子がいた。平和な光景だなぁと眺めていたら、子どもが持っていたジュースの紙パックを突如池に投げ入れ、母親は怒り狂い、子どもは泣き叫ぶ修羅場に一転し、平和とは脆いものだと感じた。


 キルケニー城近辺を離れて、街の反対側にある聖カニス大聖堂へ。

 この大聖堂が「キルケニー」という街の名前の由来になっているそうであるけれど、僕の想像力の翼が及ぶ遥か上空で行われた変換のようで、どこをどうしたら「キルケニー」につながるのかはよくわからない。




 キルケニーの全てを見たので、ダブリンへ戻る。キルケニーはバスターミナルと鉄道駅が隣り合っている。両方の時刻表を見比べて、より待ち時間が短い鉄道で帰ることに。(どちらも1時間に1本程度)
 車内では、白髪のおばあちゃん四人組が、発作が心配になるくらい大笑いしながらトランプに興じていた。
 車外では、同じく白髪の羊たちが、沈黙しつつ草を食んでいる。


 ダブリン・ヒューストン駅には、19時過ぎに到着。アイルランドの日は長く、まだ夕方のような明るさがある。

 ヒューストン駅からは、Luasという路面電車で街の中心部に向かう。初めて乗る乗り物のチケットを買うときは、初心者であることを無駄に隠そうとするため、かえって挙動不審になる。
 宿はダブリンのセンター街、あるいはアメ横とも言うべきテンプル・バーにある宿、barnaclesに。一泊15ユーロ。
 僕は旅行をするとき、着替えは二日分しか用意しない。そして毎日洗濯をするのだけれど、ここ二日は移動時間が長くて洗濯ができなかったので、二日分の洗濯をフロントにまとめて依頼。7ユーロで、翌日朝には仕上がるとのこと。
 ついでにフロントでディナーにおすすめの店を聞くと、The shack restaurantのVIPカードを渡してくれた。一泊15ユーロの宿で配られるVIPカードに疑問を感じないでもないが、ありがたく頂戴する。

 ディナーに行く前に、テンプル・バー付近を散策。ネオンの下でうごめく観光客たち。






 そしてThe shack restaurantへ。
 席について、改めてVIPカードの特典を読むと、メイン料理二品を注文すると、片方が無料になるというものだった。大変お得だけれど、さすがにメイン料理二品は食べられそうもない。
 VIPカードはテーブルの上に放っておいて、前菜のスモークサーモンと、アイリッシュビーフの煮込みを注文した。
 料理が運ばれてくるまでの間、Wi-Fiを使わせてもらおうと思い、パスワードを聞いたところ、暗号文のような文字列を渡された。

 頑張って入力を試みたけれど、二回打ち間違ったところで心が挫けた。
 そうこうしているうちに料理が運ばれる。前菜のサーモンの味ははもうひとつ。島国にも関わらず、魚介類がことごとく美味しくないあたりは逆に感心させられる。
 アイリッシュビーフはしっかりと赤身の味がして大変美味しい。


 テーブルでお会計を頼むと、40歳くらいの小太りなウェイターがやって来た。彼はテーブルの上にあるVIPカードに気づいて手に取り、中身を読むと、申し訳なさそうに言った。
 「これはメイン二品を頼むと、一品が無料になるのだけれど、サーモンはメインじゃないんだ。」
 僕がわかっていると頷くと、彼は少し思案して、
 「ちょっと待ってろ。」
 そう言うと、VIPカードを持って、スラリと背の高い店長っぽい人のところへ行き、なにか話したあと、そのまま厨房のある地下へ降りていった。
 しばらくして、その店長が持ってきた伝票には、サーモン(とビール)の代金だけが記載されていた。
 メインの牛肉とサーモンでは当然前者のほうが値段が高いのに、そちらを値引くというアイリッシュ・スピリット・オブ・ファイアにいたく感激し、何事もなかったように仕事を続ける彼に軽く目礼をして、その店を後にした。

 barnaclesのベッドに横たわり、明日からの予定を立てる。ちなみに久々のドミトリー(相部屋)だ。
 旅行の目的地をアイルランドに決めたとき、ぜひ訪れたいと思っていたのが、アイルランド最北部に位置する世界遺産ジャイアンツ・コーズウェイだ。しかしここダブリンからは、乗り換えを考えるとバスで7~8時間はかかるだろう。
 日本に帰るの飛行機は土曜の昼に出るので、金曜の夜にはダブリンに戻っている必要がある。すると残りが木金で実質1日半しかない。飛行機に乗り遅れるリスクを考えると、ダブリン近辺にいたほうが良いのではないだろうか。
 そう妥協しかけたとき、昔の有名なバックパッカーが残した言葉がふと胸に浮かんだ。
 
ポケットのコインを集めて 行けるところまで行こうかと 君がつぶやく

 そうだ。僕はポケットの1ポンドコインを握りしめて誓った。
 「行けるとことまで行こう。」
 ただし、支払いはクレジットカードになるだろう。

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